カフェから見る世界(第一回)

カフェと言うのは、不思議な空間だ。いうなれば息継ぎをするためにここへ来る。そんなカフェには、その国の、その人たちの生活が映し出されているように思う。

 

カフェと言うのは、不思議な空間だ。

どこの国に行っても、カフェと言うべき場所が必ずある。それは路上であったり、おしゃれな空間であったり、見晴らしの良い高台だったりする。

人は、生産的な活動をするわけでもなく、ただ飲み物と友人との会話を楽しむために、いうなれば息継ぎをするためにここへ来る。そんなカフェには、その国の、その人たちの生活が映し出されているように思う。

 

 

世界38か国を周り、そんなことを感じた。そこで、カフェという空間の体験から、世界を少しだけ垣間見てみようと思う。

 

やさしい空間(エジプト)

2015614
一週間弱のエジプト・カイロ滞在を終え、次の国であるケニアへさあ向かうぞ、と思った朝。起きて飛行機の予定を確認すると、予約の時に間違えていたらしく、明日の便であることに気付く。

 

ロスタイムの始まりだ。何も予定の無い一日。午前中は作業をし、午後に宿を出る。せっかくのロスタイムなので、ギザのピラミッドを見納めに行くことに。カイロ市内からであれば、かの有名なギザのピラミッドも3ポンド(15)で行けてしまう。

夕方に宿に帰り、ちょうどラマダン月であったため、宿の主人たちにイフタール(日が沈んだ後のごはん)をごちそうになった後、夜の街へ繰り出していった。

 

日中はうだるような暑さであるカイロも、夜になると少しは涼しくなる。心なしか空気も澄み、昼間はうるさいクラクションも、夜になるとどこか心地よい。オレンジ色の光が、グレーの夜空と砂色の街をはっきりと区別している。

その街の中を、カフェを探して歩き回る。人混みの中、好奇心に導かれるままに狭い路地に入っていくと、小さなカフェを見つけた。

水タバコの煙にくもった店内に入って、チャイと水タバコを頼む。コップ半分の砂糖が入った激甘チャイと、フレーバーの無いただの苦いたばこ味の水タバコを吸いながら周りを見回してみる。

猫がそこらへんで食べ物を求めてさまよい歩き、バックギャモンをしているおじさんが床に躊躇なく紙切れを丸めて投げ捨てたりする中、店員が水タバコの炭を変えたりチャイを運んだりと慌ただしく動き回っている。

ぼーっとしていると、おじさんは手を振っておどけ、店員も気を遣って笑いかけてくれる。

 

街にあふれる自己主張の喧騒を抜けて一つ建物に入ると、こうしてカオスではあるが心地の良い空間が広がっている。

このカフェの中では、誰も自己主張をする必要は無い。ただチャイを飲み、たばこを吸い、友達と遊び、楽しい時間を過ごすことが全ての、やさしい空間だ。

 

コミュニケーションの波(ベトナム)

2014125
ベトナム人の友人のバイクの後ろに乗ってハノイの街を散策中、最近若者に人気だというカフェに連れて行ってもらうことになった。

ハノイを象徴するホアンキエム湖の近くの、少しさびれたビルの二階。目立つ看板もなく、知る人ぞ知るのであろうという雰囲気の漂うカフェだ。中に入ると、暗めの照明の中、多くの若者が低い椅子に座っていた。
なるほどここが人気のカフェなのかと思いながら僕らも座り、エッグコーヒーという卵白の入った珍しいコーヒーを頼む。エッグコーヒーの味は・・・まあいいとして、入った時からの違和感に気付く。

 

普通のカフェでは、人々のざわめきが聞こえる物だが、ここでは欧米の音楽が流れているだけで、あまり人の声がしない。見てみると、若者たちは友達と来ているにも関わらず、下を向いてスマートフォンをいじっていた。

友人は言う「せっかく友達とカフェに来ているのに、携帯しか見ていないのは、なんだかさみしいね」

路上に小さな椅子を並べて食事をし、多くのカフェが立ち並んで会話を楽しむ姿が見られるベトナム。

 

東南アジアらしい活気のある雰囲気が旅する私たちの心を軽やかにしてくれるこの国だが、

現地の生活の中では、少しずつ、新しいコミュニケーションの波が打ち寄せてきているのかもしれない。

 

(文・関谷 昴)