インド旅行記

強烈な生のエネルギーを目の当たりにした、あの時の驚きと高揚感は 片時も忘れたことはなかったし、これからも絶対に忘れない。 今年の夏、6年ぶりにインドに呼ばれた。

 

ある日の深夜、クアラルンプール空港にて。

わたし「Hey. I am coming back to India tonight.」

友達「OMG. I don’t get anything 」

 

空港でのwifiが途切れるぎりぎりの瞬間まで、飛行機に乗り込みながらこのメッセージを友人に送った。あとは流れに身を任せる、インドハイデラバード市に到着するのは深夜だ、マレーシアからはおよそ5時間、寝て起きればあっという間だ。

 

6年ぶり、飛行機に乗っても尚現実味が一つもなかった。

 

 

ハイデラバード空港についてそうそう、入国手続きに向かった。インド人ばかりというかインド人しかいない長蛇の列、ようやく私の番がきた。

やっとインドに入国できる、そう思ってパスポートを差し出した途端、

『外国人は入国審査の紙がいる。あっちに紙があるから、書いてからまた並びなさい』と言われてしまった。(それ最初に言ってほしいやつーーー。笑)

 

泣く泣く群衆をかき分け1枚の紙のためだけに列の振り出しに戻った。明らかに外国人私だけだったのに、誰も教えてくれないのか、いや知っていて当たり前だと思われていたのか。入国審査時の手間は、国によって様々であろうが、改めて事前に確認することの大切を痛感した。結局合計9日間の滞在のうち、この空港でのスタートが唯一のハプニングであった。

旅にハプニングはつきものであるが、その際にいかに冷静に対応できるかが求められていると思う。私はなかなか冷静に並び直すことができたと思う。(眠かった)

 

 

私が入国した日は丁度、ガネーシャのお祭りで街一色だった。Ganesha Processionと呼ばれるその祭りはヒンドゥー教の祭りで,ガネーシャの石像をトラックにのせ,或はかつぎ、水場まで運んでいく。この祭りの前日まで、ガネーシャは目隠しをされているらしい。

 

ガネーシャをたたえる歌を鳴り響かせ踊りながら、本当にそれぞれが楽しそうにお祭りに参加していた。街中がダンスホールになった、といえば想像できるだろうか。道ばたの店でラッシーを飲みながら、自然とその渦に巻き込まれていった。。。笑

 

 

ここでこのお祭りに関する面白いこと3つ。

 

①このお祭りの最中、他教徒は何もしない

②投げ込んだガネーシャは、湖の底で自然消滅

③ハイデラバードのフセイン・サーガル (हुसैन सागर)には、世界最大のモノリス製のブッダのスタチューがそびえたつ。(しかしガネーシャはヒンドゥーの神

 

他宗教が絡み合った生活が、目に見えてくる。

ガネーシャがどの程度まで湖に沈められるのかはわからなかったが、

『いま湖に飛び込んだら、たくさんのガネーシャに会えるよ』と、笑いながら友達が言っていたように想像通りの光景が湖の底には広がっているのだろう。

世界にはいくつかの海底遺跡があるが、この街の湖の底には何が眠っているのだろうか。

 

 

フセイン・サガール ダム湖

 

 

実はインド渡航直前まで、夏のヒンディー語集中講座を受講した私は、ヒンディー語面での収穫も期待していた。なるべく街を歩き、周囲から聞こえる言葉に耳を傾け自分と現地との繋がりを持とうとしていたが、ハイデラバードはテルグ語地域なためヒンディーが聞こえるのはまれで、結局現地のお店の方とは結局英語に頼ってしまった。本当に、インドは多言語国家である。

 

 

テルグ語のスターバックスの看板。英語のスターバックス表記がなければ、到底わからない。

 

 

 

それでも学校でヒンディーを学習している生徒もいるわけで、そういう人に出会う度に

ヒンディーで自己紹介した。そう、自己紹介ばかりが得意になった。笑

 

 

 

もう一つやりたいことがあった。それは、映画館での本場ボリウッド鑑賞。平日の夕方にも関わらず英語字幕チケットが獲得できなかった結果、ヒンディー語で念願のボリウッド鑑賞することに。普通のチケット(400円くらい)+300円支払い、4人で一番うしろのリクライニング座席で鑑賞した。この座席は、新幹線みたいに背もたれを自由に調節できた。(これ絶対寝ちゃうやつじゃん)と思いながらもそのリクライニングを堪能しました。(映画堪能しろ)

その映画館は日本よりも設備面で最新、食べ物も充実している印象を受けた。さすが映画大国!

 

さて肝心な映画の内容についてだが、『PINK』という映画を鑑賞した。

 

 

これは性犯罪をめぐる裁判の話で、ボリウッド界の名優が主演の話題作だった。

 

皆さんはボリウッド見られたことがあるだろうか。日本では、「踊るマハラジャ」が一昔前に大ヒットし、あの作品のようにキャストが終始踊って歌っているというイメージが強いのではないでだろうか。

 

この映画はどうだったかというと、

①長い (ロードオブザリング並み。しかも途中で小休憩をはさむ)

②踊りも歌もなく、緊張感が終始保たれていた

 

インド人の友人が必死に、3時間ぶっ続けで(小声通訳)してくれたおかげで、長時間のめり込むことができた。(彼はどうだったかな。笑)

 

裁判のポイントは、加害者が政治家の甥という強い立場、かつ被害者に抵抗されたときに頭部を怪我しているという点であった。そんな状況の中、どう周囲が女性を守っていくかが見所であった。現実にこのケースがインドで起きた場合はどうなるのだろうか。政界の力を使って、メディアに圧力をかけることも可能でしょう。友人曰く、この映画は性犯罪に対する社会の意識を促すためのキャンーペーンの一部であるようだ。

この映画を見ることで、どれだけの人が問題の核心を受け止め、考えるのだろうか。

私にとっては、様々なことを考えるよい機会となった。

 

 

今回の旅で真っ先に思い出す事は、やはり街中で感じる強烈な生のエネルギーである。

インドに単に人が多いだけではない。本当に、多様な暮らしがあるのだ。

 

人が集えば、そこに生活が生まれる。

言葉や文化の違いは当たり前。多言語多宗教という言葉では到底あらわせない、違いから生まれる溢れる生活のエネルギーがインドにはある。

 

 

インドは私が人生で初めて訪れた思入れの強い国である。6年前も同じようにインドに衝撃を受け、その感動を6年間スピーチの題材として発表してきた。これまで何人にインドの話をしたかわからない。結果として、自分が感じたこと・経験したことを言葉にしてシェアする行為そのものが次第に自分の交友関係や選択肢を広げてくことになった。

 

 

私たちが心動かされた瞬間が次第に日常に埋もれ磨耗してしまうことは否めない。忘れたくない景色、忘れたくない出会いは人それぞれだ。だからこそ、いかに記憶して心に生かし続けるかが大切だと思う。

 

1日1日を大切に生きるとは、そういうことなのかもしれないと、インド再訪を通して考えた。

 

 

(文・山田 奈保)