南米のへそパラグアイ 第2回

乾燥した空気や、草原を歩き回る時の音。夕焼けに浮かぶ椰子の影、馬のいななき。そこにはまだなお、 最も「パラグアイ的なパラグアイ」が残っています。

こんにちは、ポルトガル語科3年のみほです。

 

南米の小さな内陸国パラグアイ。

前回はそこに住む人々の幸せの秘密に迫りました。

 

今回は、パラグアイの中でもパラグアイ的な、つまりは大味であか抜けないけどなんかイイ、チャコ地方での田舎暮らしを紹介します。

 

さあ首都アスンシオンから電車に乗り込んで、BGMはもちろん「世界の車窓から」……

 

と行きたいところなのですが、なんとパラグアイには電車がありません。

 

もし、チャコに行くことになったら、バス(ずっとガンガンにレゲエ)か車(牛飛び出し注意)で向かってくださいね。

 

牧場暮らし

 

私が滞在したのは、当時のホストファミリーのティア(叔母)の所有する牧場。

パラグアイでは、都市に住む富裕層の多くが郊外に牧場を所有しています。

 

アスンシオンから目的地までは車で5時間程だったでしょうか。

 

町、川、畑、山…と次々に景色が変わる日本のドライブとは違い、何時間走っても、乾燥した草原にぽつぽつとヤシの木が立つばかりの景色。

 

ずっと同じ景色が流れゆくので、時間の感覚がまひしていきます。

 

身体が都会の時間感覚をすっかり忘れたころ、到着しました。

ポソ・コロラド(Pozo Colorado)です。

 

迎えてくれたのは、牧場に雇われ働く7人家族。

牧場主であるティアはヨーロッパ系の顔ですが、彼らはインディオ系の血の濃い顔つきです。

 

彼らは私と話すときはスペイン語で話しますが、彼らの内で話すときはそこに半分ほど先住民族語のグアラニー語を混ぜて話します。

 

都市ではそうでもありませんが、地方に行くと仕事・社会的階層によって民族的系統が違うのが目に見えて分かることが多いように感じられます。

 

彼らは赤レンガ造りの簡単な小屋に住んでいます。

私たちは同じレンガ造りですが、もう少し作りのしっかりした家に滞在しました。

 

家の周りには台所小屋、馬や羊の小屋、井戸、ため池、などが点々と。

 

そんな場所で私は1週間の牧場暮らしを始めます。

 

 

魚釣り

 

チャコ地方は、非常に乾燥した土地。

 

雨も非常に少なく、水もなかなか湧くことはありません。

 

その為、丘の上には大きな貯水タンクが。

同じように、低地にはため池が作られます。

 

そしてため池には知らぬまに、川魚や小型のワニ(ジャカレ)が棲みつきます。

ここがティアの6歳と8歳になる息子たち、キケとエドの魚釣り場。

 

太い糸に、針とエサを付けただけの簡単な釣り具。

これを使って次々に20㎝前後の立派な魚を釣り上げてくれました。

私も挑戦しましたがなかなか難しい。

結局私は2匹しか連れませんでした。

 

魚はタレイ(tareyi)、と言ったでしょうか。釣ったそばからさばいていきます。

まだ10歳にもならないのに、魚を釣ってナイフでかっさばくキケとエド。

驚きました、逞しすぎます。

 

これならできると手伝う私。

すると今度は彼らが驚くのです。

 

「ミホ、日本人なのに魚がさばけるの?!」

 

彼らの学校の友達はそんなことできない、と言いました。

私が、日本ではこれは学校で教わるんだよ、というと、

「日本なのに?!パラグアイじゃこんなこと教えないよ!でもすごいね!」

とひとしきり感心して見せるのでした。

 

その晩、私たち3人がつったタレイは、トウモロコシ粉のお団子、ボリ(boli)と一緒に

スープになりました。

 

 

台所事情

 

台所は母屋とは別の建物として建っています。

というのも、昔ながらの釜戸を使っているので、煙でいっぱいになってしまうからです。

それに、もしも火事が起きたとしても、台所小屋が焼けるだけで済みます。

 

牧場の男性たちは朝から馬にのり牛を追いかけたり、羊の世話をしたりします。

その間女性たちは、ほとんどの時間を台所で過ごします。

 

トウモロコシをひき、粉にして、トウモロコシ団子を作る。

マンジョーカ(キャッサバ芋)の皮をむき、水にさらして毒を抜き、ふかす。

鶏をしめ、さばき、ことこと煮込む。

自家栽培している野菜刈り入れ、洗い、皮をむき、スープを作る。

 

時計のない台所で、ゆっくりと日が傾いていくのを横目に見ながら作られたスープは本当においしいのです。ほろほろに柔らかくなった鶏に、もっちりとしたお団子。

ああ、滋養にあふれた味というのはこういうものなんだ、

と初めて口にしたときは感動を覚えました。

 

そんなこととは関係なく、彼女たちは一日中草原を駆けまわる男たちのために、朝から夜まで淡々と料理を作り続けます。

 

 

羊、最後の夜

 

1週間を過ごした最後の日。

羊小屋の方が騒がしい。

 

男達の掛け声と、羊のけたたましい鳴き声が聞こえます。

小屋の裏に回りこんでみて訳がわかりました。

 

木の枝から羊が1頭、逆さづりにされています。

 

「やあみほ!今夜は羊のBBQだよ!」

…とのことでした。私のためにさばく羊を用意していてくれたのです。

 

わーお、驚いた。だって私、一応、町育ちです。

よく「豊かな自然のなかで育ちました、って感じだね」なんて言われますが。

こわい、しかし、これは見なくては。

 

数時間後、羊はあきらめて静かになりました。

血液が頭の方に十分に下がってから解体が始まりました。

首を折り、のどを切って血抜きをします。

しっかり血が抜けたら、皮を剥ぐ。

順々に内蔵を取り出し、肉の部位ごとに分けていきます。

これらの作業を進めるのは3人の男とそれを手伝う3人の男の子。

 

2時間後。

さっきまで4本の脚で立っていた生き物が、

肉屋で並べられている形になりました。

 

思っていたより短い時間でナイフとのこぎりという道具だけで1つの生き物が人間が食べられるように

形を変えられるのか、とただただ驚いたことだけ覚えています。

 

夜。食卓が用意され、全員が席に着きました。

いつものように、祈りの言葉が述べられます。

そして出てきました、羊の炭火焼き…!

正直なところ私は、もう今日は絶対に食べられないと思っていました。

だって目の前で殺されるところを見たんですもの。

ところが恐々手に取り、口にすると、食べれる。

気持ち悪くなったり、手が震えたりもしない。

それどころか、柔らかくて、ラムの臭みもなく、最高においしかった。

そうか、人間もイキモノなんだなあ、と思いながら結局、完食でした。

 

 

もうあれから5年が立ち、日本で暮らす今でも

この牧場暮らしはとても印象的です。

 

あの乾燥した空気や、草原を歩き回る時の音。

どれだけ洗濯しても、赤土に染められくすんだ服。

夕焼けに浮かぶ椰子の影、馬のいななき。

 

南米の自然、と聞いて想像する「ジャングル」とは

正反対の「パラグアイ・チャコ地方」。

 

そこにはまだなお、

最も「パラグアイ的なパラグアイ」が残っています。

 

 

 

次回は、パラグアイの食べ物を紹介します!

どうぞお楽しみにー!

 

 

(文・福島 光帆)