沖縄旅行記

1週間の沖縄旅行の記録を、思うままに綴りました。最後まで読んだあなたは、相当な物好きでありましょう。

御機嫌よう。

 

実は私、8月に1週間ほど沖縄を旅したのだが、今回記事という形でその追憶に浸る機会を得たので、勝手気ままに書き殴っていきたい。

であるから、今回の記事は私の、日記とか述懐だとかそういう類のものになることが予想されるのであって、旅のガイドラインとかそれに類するあらゆるものにはきっとなりえないということを断っておきたい。つまり実際的な役に立つかというと疑問である。

そういったコンテンツを所望する人は、他のライターの方々の優れた記事を参照することを勧める。

 

ところで、観光地としての沖縄というと、大きく沖縄本島と宮古島などの離島に分けられる(と私は思うのだが)。今回、我々―そう、実は二人旅なのである―が巡ったのは沖縄本島である。北から南まで、可能な限り巡回を行った。

 

さて、二人の旅は以下のようであった。

 

●概要~離陸

 

本格的な旅程の記述に向かう前に、ここでは、この種の記事の慣例にしたがうこととする。

 

まず、東京から沖縄へ向かうわけであるから、航空券を購入するのだが、世間でシーズンとされる8月にアクセスをしたのにもかかわらず、我々は思いのほか安価にそれを手に入れることができたのである。一人頭、しめて往復2万円と少しであったと記憶している。もちろん、それは格安航空券の類、LCCなるものであって、その詳細はというと、明朝8時成田空港第3ターミナル発のバニラエアによる便であった。安価とはいったが、それはあくまでも私にとってであり、人によっては、かくかくしかじかであればもっと安く購入できるのにというような小言を並べるかもしれない。しかし、金額にそこまでこだわっているのも味気ないし、なにより我々が満足したのだからそれでいいのである。

 

航空券の購入に利用したのは、ご存知Expediaというサイトである。どうもこのWonderful Wanderの連中はExpediaやSkyscannerをよく利用する傾向があるらしい。なお、宿泊施設も同サイト経由で予約を済ませておいた。今回宿泊したのは、名前は伏せさせていただくが、那覇市内は泊港(とまりこう)(ここから久米島や座間味島などいくつかの離島へのフェリーが出ている)の近くに位置する多目的での利用が可能な安価なホテルである。食事はつかないが、仮にもホテルであるから、それなりに快適であった。宿泊費用は6泊7日でしめて2万5千円ほど、つまり移動費+宿泊費で概ね5万円程度ということになる。この金額を安いと思うか否かは皆さんの判断に委ねることとして、重要なのは、我々が今回、那覇を拠点に沖縄本島を巡ることとしたということである。

 

ここで注意しておきたいことは、想像していた以上に沖縄は広かった―あるいは広く感じた―ということである。というのも、沖縄は我々のような旅行者にとっての移動手段となるような公共交通機関がなるほどお世辞にも満足がいくほど充実してはいないからなのである。特に電車に関しては、那覇市内を空港から首里城まで結ぶ「ゆいれーる」なるモノレールが1本通っているのみである。その他には、路線・高速バスやタクシーに頼ることになろう。つまり、沖縄はもっぱら車社会なのであって、それゆえ沖縄旅行で那覇を出て観光をするとなれば、旅行者はレンタカーなどを用いて自動車で移動することがスタンダードとなっている。ところが悲惨なことに、運転免許を持っていない二人が集ったため、その移動手段は公共交通機関(主に路線バス)あるいは徒歩に限られてしまった。

 

そのあたりの詳しい話は後述するとして、話を元に戻そう。

成田空港を早朝8時に出発するわけであるから、東京から向かうとなると時間的にかなり厳しいことがわかる。結果として、空港に泊まることを決心したのである。東京駅八重洲北口から出ている東京シャトルのLCCバス(成田空港第3ターミナル直通であり、料金も予約を行えば900円と非常に安価)をネット予約・乗車し、出発当日の深夜2時ほどであったか、我々は成田空港第3ターミナルに到着した。第3ターミナルには初めて入ったのだが、小さいながらも設備はきちんとしていたように私には思われた。そこではすでに何人もの旅行者が朝を待っていた。我々もその中の二人となって、夜を明かしたわけである。

そうこうしているうちに出発時刻90分前のアナウンスが流れ、重い瞼を擦りながら、搭乗手続きを済ませ、ついに出発に至ることになる。

(機内での記憶はあまりない。目を開けたときには沖縄の海が視界に広がっていた。)

 

●1日目:那覇空港~国際通り

さて、午前11時になろうという時刻、我々はようやく沖縄は那覇空港に到着をした。

搭乗口から外へ出ると、さすがは南国といったところか、太陽が厳しく照りつけ熱風が体を煽る。…とここまで書いて、私は大変なことに気が付いてしまった。これまでの文章で―私が何も計算せず格好つけて書いていたせいではあるが―尺を取りすぎてしまったことに気が付いたのである。記事という体裁で書く以上、字数の制限はかくもあるわけであるが、かといって今までの記述を修正するのは煩わしいものである。であるから、旅の内容については、箇条書きで要所を解説し、そこに一言、コメントを添える形式で今後書いていくこととする。

本来であれば私の乏しい文才でもって、驚くべき記述を残そうと考えていたのだが、余白が狭すぎるのでここに記すことはできない、といったところである。〆切に追われていたからとかそのような理由ではないのである。本当である。

 

注:1~3日目は那覇周辺、4日目は本島北部、5日目は本島中部、そして6日目は本島南部が該当する。

 

さて、1日目は

 

・那覇空港から「ゆいれーる」に乗り10分、那覇観光のメインの1つである「国際通り」へ向かう。

・「国際通り」にて土産物や飲食店を物色、日本初のファストフード・ハンバーガー店として名高い「A&W」にて遅めの昼食をとる。ハンバーガー・ソムリエの私も満足の美味しさ。名物炭酸飲料「ルートビア」と運命的な出会いを果たす。

・夕方、スコールに見舞われ、ずぶ濡れの状態のままホテルへ。(「国際通り」から徒歩10分ほど)この日の夕食はコンビニで済ます。

 

「国際通り」は沖縄観光の代名詞のようなスポットである。「ゆいれーる」の駅にして3駅分の長さの通りに、様々な飲食店や土産物店が立ち並ぶ。「ルートビア」は沖縄ではポピュラー(だと信じたい)な炭酸飲料で、湿布のような風味が特徴的である。パートナーは口に合わなかったらしく、私が2杯片付けることになったのだが、おかげでルートビア中毒になってしまった。今でもあの味が恋しいというものである。なお、夕食はコンビニで済ませたと書いたが、沖縄限定の商品が数多くあり、たかがコンビニと思うなかれという次第である。そういうわけでパートナーはゴーヤーチャンプルーを食べていた。私は普通にナポリタンを食べた。

 

(国際通り:Wikipediaより)

●2日目:首里城とその関連遺産群

 

・やや遅めにホテルを出発し、最寄りの駅から「ゆいれーる」にて15分ほど、首里城(終点)へと向かう。

・駅から徒歩にて「首里城公園」へ入る。

・首里城およびその周辺の遺跡群を見学。

・公園内にて昼食。ソーキそばやタコライスなどの沖縄料理を食す。

・さらに足を伸ばそうとするも、再びスコールに遭いずぶ濡れに。断念して帰路につく。

・夕食はホテル近くのステーキ専門店へ。

 

首里城は、琉球王国時代の沖縄を象徴する歴史的建造物である。周囲の関連遺産群を含めて世界遺産に登録されているということで、やはり沖縄観光の一大スポットであろう。実は現在でも、戦中の焼失からの復興作業が進められているそうである。ところで、沖縄では琉球語と呼ばれる方言が、特に高齢者を中心に話されていることはご存知であろう。首里城を見学していると、琉球の民族衣装に身を包んだ案内の方々が「ハイサイ」だとか「メンソーレ」だとか挨拶をしてくれたのだが、よく耳にするこの琉球語、あなたには意味が分かるであろうか?実は、一般的に琉球語は日本語の1方言だと位置づけられているが、その独立性から、琉球語はもはや日本語とは別の言語として見なすという立場もまた存在している(同じ「日本語族」には分類される)。私自身も、琉球語の標準的な日本語からの乖離はなかなか凄まじいものがあるなと、路線バスの琉球語アナウンスなどを聞いていると思う次第であった。以下に旅行で役立ちそうな琉球語の語彙をいくつか挙げておくので、参考にしてほしい。

 

ハイサイ=こんにちは

メンソーレ=いらっしゃい

二フェーデービル:ありがとう

ウチナー=沖縄、沖縄の

ウチナーンチュ=沖縄人:ンチュというのは接尾辞になるのだろうか、~人を表す。シマンチュとかウミンチュのそれである。

ナンクルナイサ=なんとかなるさ

ユンタク=お喋りすること

チュラ=美しい:漢字を「美ら」とあてる。「美ら海」は「綺麗な海」の意。

 

ちなみにソーキそばの「ソーキ」は、「豚の骨付きあばら肉」の意だそう。

沖縄ではステーキもポピュラーなのだそうだ。沖縄では飲み会の〆にステーキ、などという話も聞いたことがある

 

●3日目:那覇近郊のビーチ~国際通り(2回目)

 

・この日も遅めにホテルを発ち、那覇市内で唯一のビーチである「波の上ビーチ」へ。

・その後、再び「国際通り」へ。昼食にタコライス(2回目)をとり、土産物をひとしきり買い込み、帰路につく。

・翌日が早朝の出発であったため、夕食は再び簡単に済ます。

 

この日は私が沖縄でどうしても体を焼きたかったので、わがままを言って那覇市内のビーチである「波の上ビーチ」へ向かった。(「国際通り」から徒歩15~20分ほど)意外にも那覇市内の海水浴場はこのビーチしかないようである。海水浴場ではあるものの、水質は沖縄の他の地域に比べると良くはないようだ。であるから海水浴はせず、ひたすら日光浴をしていた。その日の入浴が苦痛であったことは言うまでもない。体を焼くときはサンオイルの使用を勧める。

 

●4日目:本部・名護(美ら海水族館など)

 

・早朝(午前7時ほど)にホテルを発つ。1駅分ほど移動し、高速バスに乗り、名護市(本島中部)へ。

・名護市にて路線バスへの乗り換え。乗り遅れる。しかし、なんとか次のバスを捕まえる。

・午前10時半ほど、ようやく「美ら海水族館」最寄りのバス停に到着する。

・水族館内を見学。

・見学後、周辺を散策。近くの「エメラルドビーチ」へ向かい、海水浴を楽しむ。

・帰路。名護市にてその日最後の高速バスに乗り遅れる。

・どうにか那覇に帰り着く。夕食はホテル近くのイタリアンバルでお洒落に乾杯。沖縄感は0であった。

 

沖縄の観光スポットとしてもう1つ名高いのは、「美ら海水族館」であろう。那覇からバスを乗り継いで3時間ほどかかるが(運賃もかなりかかる。往復5000~6000円ほど)、周囲の海がとても綺麗であるし、水族館も広く見応えはある。その近くにある「エメラルドビーチ」は、環境省が海水浴に推薦するほど水質が良好で、ついに我々は海入りを決行した。帰りの最終高速バスを逃したことは今回の旅路でもっとも大きなトラブルであった。幸いにも名護市市役所の職員の方々の助けにより、高速バスを使わずとも路線バスで迂回して帰ることができるルートが見つかったので九死に一生を得た。沖縄のバスは観光客にとってはかなり複雑なものである。沖縄において移動にバスを用いる場合は、時間に余裕のある行動をとることを勧める。

 

●5日目:恩納(おんな)・読谷(よみたん)(嘉手納町)

 

・午前10時ほど、ホテル最寄りの路線バス停より乗車。米軍基地の集中する本島中部へ。

・1時間ほどして、嘉手納町に到着。(運賃は往復1000円弱)「GORDIE`S」という、ガイドブック掲載のハンバーガー店にて昼食。値段は多少張るが(予算1000~1500円)、いまだかつてない美味しさであった。太鼓判。

・大通りへ出て、ひたすら那覇方面へ歩くことに。「美浜アメリカンビレッジ」なるショッピングモールへ到着。買い物をする。

・買い物後、すぐ近くのビーチ、「サンセットビーチ」へ。その名の通り夕陽が綺麗とのことだったが、あいにく時期は夏であり、日没まで待っていたら日が暮れてしまうのでしばらくして退散。バス停までの道中で、沖縄ローカルのアメリカン・アイスクリーム店「BLUE SEAL」で涼をとる。

・夕食はまたまた適当に済ます。3日目に購入した土産物もなぜか開封して食してしまった。

 

我々が降り立った嘉手納の町は、米軍基地が目と鼻の先にあり、なるほど沖縄の抱える日米事情の一端を実際に感じることができた。観光シーズンにもかかわらず閑散としていたことも印象的であった。(平日の昼間だったからかもしれないが)件のハンバーガー店には、米兵をはじめとしたアメリカ人など外国人も数多く来店していた。本場の味だと言われても納得するくらいには美味であったと改めて強調しておく。

 

(ボリュームも十分あり、本当に美味しかった。)

(サンセットビーチにて)

●6日目:糸満・南城(ひめゆりの塔~平和祈念公園)

 

・5日目同様、遅めにホテルを出て、最寄りのバス停から南部行きの路線バスに乗る。2回ほど乗り換えをして、「ひめゆりの塔」へ。(運賃は往復2000円ほど)

・「ひめゆりの塔」にて献花・黙祷。平和祈念資料館を見学する。

・近くの食堂にて昼食をとる。再び沖縄そばとタコライス、サーターアンダギーも食す。その後、バスで10分ほど移動し、「平和祈念公園」へ。

・「平和祈念公園」にて、100円で案内をしてくれるという観光案内の方の車両に乗せられて公園内を見学。公園の美しい自然と、過去の凄惨な出来事との対比は、平和祈念を象徴的に我々に印象付けた。

・帰路につく。夕食はホテル近くのステーキハウス。(2日目とは異なる)

 

本島南部は、第二次大戦において沖縄戦の激戦区となった地域であるから、戦跡が観光地となっている場所が多い。細かいことはここでは省くが、沖縄を訪れた際にはぜひとも足を運んでほしい。観光としてはこの日が最終日であった。

 

・・・。

 

こうして、翌7日目に東京へと帰ってきた次第である。なお、私はあまり写真を撮らない人間なので、掲載している写真はほとんどがパートナー撮影のものである。

 

さて、終わってみれば短かったさる7日間の沖縄旅行を、私が半ば自分の自己満足のために書き残したのが今回の記事である。冒頭で断ったように、この記事を読んで何かが得られるのかというとそれははなはだ疑問であるが、少なくとも我々にとっては大きな意味のある旅であった。今まで、近いようで遠かった沖縄を肌で感じることもできた。

 

最後に、このような、誰に向けて書いているのかも、目的も不明瞭な記事を最後まで読んでくれたあなたに厚く感謝するとともに、少しでも私のロマンスと沖縄への親しみを感じてくれたら幸いである。

 

(文:加瀬 拓人)