いい旅いい本インタビュー 第2回

アイルランド留学とヨーロッパ旅を経験した外大生と、その心を揺らした2冊の本を紹介します。

 今回インタビューに答えてくれたのはトルコ語科5回生4年生の飯野純平さんです。受験生時代から現在までのエピソードとともに、今最も愛読しているという2冊を紹介していただきました。たったひとつの言葉、たったひとつの物語が人生を変えてしまうのはしばしばあることです。2冊の本は彼にどんな人生の転機をもたらしたのでしょうか。

 

 

○苦難の受験生時代

1年の浪人期間を経て飯野さんは東京外国語大学トルコ語科に入学しました。現役の時から外大志望だったものの成績がふるわず、一年間自分との戦いを続けていました。当時得意だったのは世界史と国語。世界史では歴史上の人物や出来事に対する強い興味を持ち、国語では特に現代文で大学での学問に向けて素地を養ったそうです。自分に出来ることと出来ないことを思い知らされる日々の中に、今のゼミ教員である今福龍太教授との出会いがあったと言います。それは予備校の現代文の問題の中、という類稀なものでした。今福教授の美しい文章を心に留めていた飯野さんの大学生活はその後今福教授に導かれるようにゆっくりと進んでいきます。

 

○アイルランド留学と孤独

3年生の9月、飯野さんは大学を1年間休学する決意をしました。休学中の計画は3ヶ月アイルランドの語学学校で学び、3ヶ月アルバイトでお金を貯め、次の3ヶ月でヨーロッパ中を旅するというものでした。アイルランド留学を志した理由には、自分の語科に馴染めなかったこと、英語を完璧なものにしたいという欲求があったことなど様々なものがありました。しかし飯野さんにとってアイルランド留学はひとえに挫折と言って良いものでした。留学中に2度のホームステイを経験しつつもホストファミリーに馴染むことができずに過ごした日々はひどく孤独だったことと思います。2度目のホームステイ先ではWi-Fiも通じず、外に遊びに行くこともできなかったそうです。窓の外に広がる大草原を横目に自分を見つめなおす日々が続きました。

 

○情熱の回収の旅

アイルランドで強い挫折を味わった飯野さんですが、ヨーロッパの旅では心機一転、気持ちを新たに旅を始めました。「あれは僕の情熱を回収する旅だった」と飯野さんは語っていました。受験期やこれまでの人生で出会ってきた本などで彼に情熱を与えてくれた歴史上の人物、建物、出来事が、実際に「在った」ということを確かめるための旅だったのです。オランダ、ベルギーを皮切りに実に15か国以上を渡り歩き、その情熱を回収していきました。そしてその中にはアイルランドも含まれていました。道中では詐欺にあうなど危険な目を経験しつつも、ユースホステルを初めとする場所での多種多様な出会いが旅を彩ってくれました。

 

○ジェイムズ・ジョイス、ル・クレジオ、今福龍太

こうした純平さんの過去、現在に光をくれた本とはいったい何なのか、ご紹介します。

『ユリシーズ』

著:ジェイムズ・ジョイス

 

ユリシーズは、ホメロスの『オデュッセイア』を基盤にダブリンの一日(1904年6月16日)を多種多様な文体によって詳細に記録する、という形で書かれた物語です。著者ジェイムズ・ジョイスはこの本の成功により、プルーストと並んで20世紀で最も重要な作家の一人と称されることになりました。そして、その人柄は飯野さんにとって大いに親しみ深いものだったそうです。ジョイスは青年期までをアイルランドの首都ダブリンで過ごしますが、その後はダブリンを捨てその人生の殆どを国外で過ごしました。しかし『ユリシーズ』をはじめ他の小説『ダブリン市民』や『若き芸術家の肖像』などもダブリンを舞台に書かれたものであり、ダブリンを嫌悪しつつも愛情を捨てられないジョイスの姿が、アイルランドで挫折を味わいつつも来訪し今も思慕の情を捨てられずにいる自分の姿に重なったそうです。

『ユリシーズ』の物語は、たった一日を舞台に何の変哲もない個人を描いたものではありますが、「どのページを開いても自分がいる」と飯野さんは語っていました。「それは『個の極まりを突き抜けた普遍」の物語である』とも。

 

『物質的恍惚』(岩波文庫)

著:ル・クレジオ 訳:豊崎光一 

 

この本は『調書』でノーベル文学賞を受賞した作家、ル・クレジオによるエッセイです。ル・クレジオは2006年に東京外国語大学で講演会を行ったこともあり、その後に今福教授に案内されて奄美大島を訪れています。飯野さんが手にしていたこの本には飯野さんの手によって沢山の下線が引かれ、何度も何度も読み込んだ後が見受けられました。実際にこの本はヨーロッパ旅行中に幾度も飯野さんの心支えになったと言います。

 

ぼくはひとりぼっちではない。ぼくは千たびも、自分がひとりぼっちではないことを知っている。肉体的、知的、精神的見地から言って、ぼくが存在しているのは、何百万もの人々がぼくのまわりに存在し、かつて存在したからにすぎない。(…)彼らにこそぼくはすべてを、文字通りすべてを負っている。(『物質的恍惚』、岩波文庫、39頁)

 

飯野さんに勧められて筆者も『物質的恍惚』を購入してみました。「何気なく開いたどんなページにも心を打つ言葉が書かれてある」と言っていた飯野さんの言葉通り、作品中の全ての言葉が私に訴えかけてくるようでした。ぜひ旅のお供に、人付き合いに疲れた時に、人生に途方に暮れた時に、私からもお勧めします。

 

 

ジェイムズ・ジョイスとル・クレジオ、この2人の偉人を飯野さんに導き合わせたのは今福教授のアドバイスがあったからでした。飯野さんにとって今福教授は「天才と天才をつなぐ交差点のような人」なのだそうです。飯野さんはジェイムズ・ジョイスを、卒業論文と院に進んだ後の題材として研究をすることを決意しました。人間存在や死など繊細な問題を今後扱っていくことになりますが、「ナイーブな自分を断念しないこと」一方で「深いオプティミズム」の視点を大切にして今後研究に精を出していくそうです。これらは全て今福ゼミの中で、そして本との出会いの中で飯野さんが出した指針です。

 

「今は全てが楽しい。突き詰めれば突き詰めるほど分からないことが増えて、同時に知る楽しみも増えてくる。どんな人間も人間関係も、俯瞰的な目線で見ることが出来る気がする」

 

学びの意志を強く固めた飯野さんの目はキラキラ輝いていました。 

 

 

(文・濱本夏綺)