ミャンマー人プロ野球選手~ゾーゾーウーの挑戦~

ミャンマーに野球を・・・。一人のミャンマー人投手の日本球界への挑戦。小さなサウスポーの野球への大きな想いとは。#16ゾー・ゾー・ウー(徳島インディゴソックス)

私がミャンマー人のプロ野球選手の存在を知ったのは昨年のこと。ミャンマーでサッカーが盛んなのは知っていたが野球選手がいるとは全く知らなかった。一度是非お会いしたいとの旨を伝えると、快く引き受けていただいたので急遽徳島へ向かった。

 

ミャンマー人サウスポー、ゾーゾーウー投手は徳島インディゴソックスというチームでプレーしている。読売ジャイアンツや福岡ソフトバンクホークスでお馴染みの日本野球機構のリーグとは別だが、徳島インディゴソックスが所属する四国アイランドリーグPlusもちゃんとしたプロ野球リーグである。

 

日本のコミュニケーション難しい・・・

球団スタッフの米本さんに連れられて練習場へ足を踏み入れる。

チームでは“ウーさん”と呼ばれていた。実際のところミャンマー人の名前の“ウー”というのは年長者につけるものであり、「だからウーさんじゃないって!おじさんさんになっちゃう!」と本人は返していた。日本人以外のプレーヤーは多数所属しており、台湾人の通訳さんもいた。しかし米本さん曰く外国の言葉への対応は簡単じゃないとのこと。特にゾーゾーウー投手の母語であるビルマ語関しては誰一人として話すことはできないという。一方でゾーゾーウー投手は来日前、日本語は聞くだけでほとんど勉強することがなかったという。それでも日本語のレベルはかなりのもので簡単な会話なら日本語で十分伝わると感じた。

 

「日本のコミュニケーション難しいね。言いたいことがわからない。」

 

会った当初はこう話していた。しかしそこで日本の生活について聞いてみると、「特に悪いことはないよ。(言語について聞くと)あー当たり前だけどそれは難しい。」とのことで、それほど日本の生活には不満を感じていない様子だった。また遠征で飛び回る四国の環境は、海や山がたくさんあって素晴らしいと話していた。

通訳の方と、(左から)ホーキンス選手、セゴビア選手、ブランセマ投手

外国人選手との集合写真

中心ゾーゾーウー投手の右の張泰山選手はWBCやアジアシリーズでも名を連ねた台湾球界のレジェンド・・・!?

楽しいけどいつもじゃない、泣きたい日もある

野球を始めたのはお兄さんがやっていたのを見たのがきっかけだったそう。

 

「理由は簡単だよ。(お兄さんがやっていたのを)見て、やりたいからやってみた。そしたらおもしろかった。」

 

サッカーも好きだけど野球が一番おもしろいとのこと。野球を続けている理由として将来ミャンマーで子供たちに野球を教えたいのだと語っていた。

 

「使い古したグラブは子供たちにあげるんだ。左利きのグラブはミャンマーにはないから。右利き用はあっても高い。」

 

野球用語について聞いてみた。

「ミャンマーの野球用語はないから英語を使うのが普通。あと外国人選手は大体思うことだけど日本の野球用語は難しい。ランナー2塁、3塁?なんだそれって混乱した。今では慣れたけど。」

カタカナ英語と日本語が混じってなにがなにやらさっぱりだったという。

 

恩師岩崎先生に出会ったことが日本球界でプレーするきっかけだったという。とはいえきっかけだけでプレーを続けられるほど甘い世界ではない

野球は楽しいかと何気なく聞いたときの回答に単身日本で野球を続けられている理由が垣間見えた

 

「野球は楽しいけどいつもじゃない。楽しい日もつまらない日も泣きたい日も疲れる日もある。でもスポーツというのはそういうもの。」

―やめたいって思ったことは?

「何度だってあるよ笑。ピッチャーは走らなきゃいけないから大変だし。」

 

いつも楽しいものではないと思っているから何度もやめたいと思いながら続けているのかもしれない。

 

「もっと野球を勉強しなきゃいけない。ノートに書いたりして覚える。書けば忘れない。頭の中のことは忘れるから。」

 

香川時代のコーチに言われたのだという。

小さなサウスポーは高い志を持ってマウンドに上がる。

 

「ミャンマーに帰ったら野球を教えたい。だから勉強するし毎日頑張るよ。」

日本にある小さなミャンマー

彼との会話では母国ミャンマーの話題の時が一番楽しそうだった。

「モーラミャインは出身地!」

「ミャンマーの料理は大丈夫なの?」

「ミャンマーは日本より危ないね。悪い人ばっか。」

 

また四国には各県にミャンマーのパゴダがある。徳島にもあるのだが知らないということだったので一緒に参拝した。特別大きなパゴダではないが、シュエダゴンパゴダをモチーフにした真っ白なパゴダ。

 

「日本でこんなパゴダを見たのは初めてだ。知らなかった。」

 

日本にいながらミャンマーを感じる場所が身近にあったことに驚いていた。

「靴脱がないといけないからちょっと遠くで・・・」とパゴダのタイルは決して靴で踏まない

 

 

ミャンマーの星

日本人野球選手の気になる人の話をしていた時のこと。

「メジャーのあの・・・上原!あの選手はすごいと思う。ダルビッシュ、田中、前田・・・みんな好き。」

「NPBのサウスポーになると能見が好き。」

 日本球界についてもよく知っている。 

「あんなボール投げてみたい。」

野球をする人の思うことは皆同じなのだ。

今よりも一歩高いレベルへ・・・。

 

今年の登板数は未だ1試合。

ミャンマーの星となるべく、決して一筋縄にはいかないミャンマー人サウスポーゾーゾーウーの挑戦は続く。

(文・郷原拓海)